インタビュー紹介

【伊勢進富座】水野 昌光

映画館2015年01月26日

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昭和2年に始まり、今年で88周年となる進富座。進富座88年の節目となる機会に支配人の水野さんに詳しい話をお聞きしました。水野さんが考える映画館の魅力や進富座が果たす役割、制限の裏にある意図を話していただきました。


 

足を運ばないと出来ない体験を提供したい
そこに価値があるから来てくれる人がいます

 

—— 今の仕事を始めるまでのお話を聞かせてください

昭和33年に産まれて、3歳のときに父の実家である信州へ移り住みました。その頃は映画全盛のときでした。一家で信州に移り、映画館は祖母が経営をしていました。元々は映画館を継ぐつもりはなかったんです。夏休みや冬休みに遊びにくるくらいのものでした。大学で考古学を勉強していたので、そちらの道にいきたかったのですが、なかなか働き口がありませんでした。そして伊勢に帰ってきて映画館の仕事を手伝うようになりました。それから映画との関わりを持つようになっていきました。平成9年に、一度映画館を閉めて、妻の実家である四国の方で学芸員の仕事をしていました。そして、平成14年に戻ってきて進富座を再開しました。

 

—— 子どもの頃は映画が好きだったんですか

全然好きじゃありませんでした。長期休暇でここに帰ってきても東映のヤクザ映画しかありませんでしたから。学生のときに今の妻と映画を見に行くくらいでした。この仕事は、映画にあまりのめりこまない方がいいと思っています。距離間が大切だと思っていて、映画を好きすぎると作品を客観視できなくなってしまう。「職業にする」ということはお金を生み出さないといけない。「お金を生み出す」というのは世の中の人と関わるということです。周りが見えなくなると、お金が発生しないことをやりかねない。そのあたりのバランスが大切です。家業と言うことが、この道を選んだ理由のひとつとして大きく、自分への納得の仕方として良かったと思います。でも、映画館という場所は好きです。映画に関してはお客さんの方が遥かに詳しいです。こっちは見せるプロですから。

 

—— 上映される映画はどういう風に選んでいるんですか

事前に見て「いいな」と思ったものを、会員さんや常連さんを思い浮かべながら選びます。万人に認められる必要はないと思うし、するつもりもない。ここのカラーが好きという方が残っていけばいい。それがストレスのない仕事なのかなと最近気づきました。儲けようと思うと冒険してみたり、ストレスがかかってしまいます。だから、それが良いのかなと思います。シネマコンプレックスが普及して、シネコンにも良い作品がたくさん来ます。でも、シネコンで上映される作品を追いかける人と、自分が提供しようと思っている映画を求めている人は多少違うと思うので、そこを踏み外さないように気をつけています。そうでないと何がしたいのか分からなくなってしまう。

経営は、右肩上がりが必ずしも良いことなのかどうかということです。大切なのは質の問題で、質は数字に表れにくいので自己評価は難しいですが、今は、「食べていければいいじゃん」と思っています。映画の人口なんてたかが知れているんです。伊勢でも進富座を利用している人は多くても3000人くらいしかいないでしょう。同じ方に何本も観ていただいてますが、それで成り立っていけるならいいと思います。人生の折り返し地点を過ぎて、時間の限りを意識するんです。若いときは時間は無限にあると思っていました。だんだん身辺をキレイにしていこう、今、そうした時期に来ている。最近取材は受けていなかったんですが、今年で進富座が88周年になるので、節目もあって今回の取材を受けました。ここは空襲で全焼した過去もありますから、よく続いたなとしみじみと思います。色んな紆余曲折があっての4代88年です。

 

—— 元々は芝居小屋としてのスタートですよね

調べればもっともっと歴史は古いと思います。曽祖父が「新富座」(※)の屋号で受け継いだのが昭和2年ですが、それ以前にもたくさんの方々の手によって芝居小屋は受け継がれてきた。大台町にある柳原観音に「新富座」の文字が刻んである板碑があります。大正年間のものですが、小屋主の名が曽祖父ではなく、それ以前の方の名が彫られています。

※ 戦前は「新富座」、戦後は「進富座」と一文字変更しました

 

—— 進富座に足を運ぶお客さんの特徴ってありますか

津や志摩から来る方も多いです。会員も半分以上は市外の方じゃないでしょうか。一人で来られる方が多いですね。客層は高齢化しています。それは、自分の年齢と相関関係がある。再開した当時はわからなかったことが、わかるようになってきました。

 

—— 途中入館を禁止にされている意図とは

最初から見るのは礼儀だと思っています。いつも電車に例えて言うのですが、電車に乗り遅れて文句言う人はいないでしょう。みんなその時間に合わせて来ているんだから。見に来ている方にとってマイナスなことには注意を払わなければいけない。業界的には「お客さんを育てる」という言い方をしていて、そうすることで観客に劇場への信頼が生まれます。お客さん同士でトラブルになると迷惑をかけてしまうので、自分が言わないといけないんです。理想形にどう近づけるかということへコミットしないといけません。

そうした意味で、映画館は不便なところです。でも、その不都合さ、不便さが良いと思っています。便利すぎるものは幼稚さに繋がります。不便なところをどう埋め合わしていくかというところに知恵が生まれると思っています。そういう場所が町にあっても良いと思っています。インターネットは便利なものですが、足を運ばないと出来ない体験を提供したい。そこに価値を認めてくれる人がいるから、維持していける時までは多少右肩が下がってもやっていこうと思っています。

 

サブ

 

映画館は町が生きているかどうかのメルクマール
それがこの町にあってもいいんじゃないかな

 

—— 水野さんが考える映画館の魅力って何ですか

人は幸せになると映画館に来ないと言ってるんです(笑) 何かしら心の隙間を埋めたいとか、純粋に楽しみたいとか、そんな風に利用される場所ですから。映画鑑賞にはイメジネーションが必要です。自分ではなく、他の人の体験を同時体験しているような感覚っていうのは想像力を働かせないといけない。そうすると、人への思いやりや感情を培うことができます。映画館の責任もあるのでしょうが、先進国で日本ほど映画人口が少ない国はありません。学校の授業に「映画館で映画鑑賞」という機会はほとんどなくなりました。ヨーロッパでは芸術として映画が捉えられ、文化施設として映画館がある。アメリカは映画が娯楽産業として見事に成り立っています。

 

—— フィルムへのこだわりはありますか

フィルムではなく、映画館にこだわっているんです。フィルムからデジタルへの移行期に、デジタル機が不完全なのになぜ疑問なく移行するのか、そこに一石を投じただけです。今は大分整備されてきて、フィルムで出すところも少なくなっているのでデジタルを取り入れました。事故の発生率もフィルムと同じくらいに減りました。でもフィルムは何かあった時に自分でなんとかできますが、デジタルはそうではないのでしんどいです。

 

—— 仕事をしていて良かったと感じるのはどんな時でしょうか

僕が良いなと思ったものをお客さんが感動してくれたときです。「オススメ」と書けば、それで見に来てくれる方もいますから。逆に合わないと来なくなる方もいますが、それも覚悟の上です。結果的には自分が源なのです。失敗しないと学べないですね。

 

—— パンフレットで雑感として発信したり、トークライブを開催していますよね

パンフレットの雑感は2ヶ月に1回書いています。少ないけれど、それが楽しみという方もいます。気分が乗るときはちゃんと書くんですが、気分が乗らないときは作品紹介だけ書いています(笑)「この人はこういった人なんだ。」と思ってくれたらいい、それぐらいのものです。
映画評論家のおすぎさんとは何十年来のお付き合いなので正月にいつもトークライブへ来てもらっています。予定などがあえば映画監督も来てくれるので、たまにはそういう刺激があってもいいなぁと思います。一生のうちに出会える人は限られていますから、いい出会いがあると世の中捨てたものじゃないなと思うわけです。ですから、日々良いものを提供するということですね。それだけに責任重大かなと思います。

 

—— 映画と離れているときはどうやって過ごしているんですか

歴史が好きなので妻と遺跡を見に行ったりします。
休日は映画館を離れたい、休みがないと続けられない(笑)

 

—— これからの進富座について聞かせてください

このスタイルを突き詰めて、毎日やっていくしかありません。サポーターも増えたので期待度が高いということは感じています。今の映写方式もずっと続いていくとは思えないので、私が道を踏み外さないようにすることです。ある程度良いところまで来ているとは感じます。今見てくれている観客を満足させる、とにかく続けることが一番大切です。辞めるのは簡単ですが、無責任なことはできません。映画館は期待されていると思っていますので・・・。映画館のなくなった町を見るのは悲しいですからね。映画館は町が生きているかどうかのメルクマールであり、抽象的な言い方ですが、分散していくものを逆に集約させるような場所だと感じています。それがこの町にあってもいいんじゃないかな。

 

伊勢進富座
三重県伊勢市曽祢2-8-27
TEL0596-28-2875

 

 

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