インタビュー紹介

【津市NPOサポートセンター】川北 輝

NPO2015年02月18日

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三重県ではNPOで活動する若者が増えているのかと聞くと、都市部では増えているが、まだ三重県では若者のNPO参加が進んでいないという答えが返ってきました。川北さんに現状の仕事や印象に残っている事業、NPOとして働くことについて詳しくお聞きしました。コミュニティスペースのkaidanも運営しており、地域の人の活動拠点、これから広がっていくコミュニティとして注目されています。これからの働き方として、NPOという選択が今後増えてくるのではないでしょうか。


 

それぞれのNPOが自立し、助け合える仕組みがあれば、

NPOの中間支援という存在は無くても良いと思う

 

—— 今までの経歴を教えてください

学生の頃は、皇学館大学の名張校舎で社会福祉についての勉強をしていました。将来は福祉業界で働くつもりでしたが、現場実習に行ってみたら、イメージと違ったというか、自分には向いていないなと思うようになりました。急に目標がなくなってしまったので、就職をどうしようか考えるために、地元の津に戻ってきました。その頃にたまたまセンターパレスに立ち寄ったら、3階に津市市民活動センターというのができていたんです。そして、寄って覗いてみたら偶然友達が働いていました。一緒に話していると、友達が来年に辞めるということで、空きができるから応募しないかと言われ、就職も決まっていなかったので1~2年働いてみようと思って応募しました。

空いていたのが事務局次長というポストで、何も知らなかったのでいきなりそこに応募した形になりました。ボランティア活動は中学生の頃から少しやっていましたが、NPOや市民活動というものは知らず、何もわからず、とりあえず就職という理由で始めたのがキッカケでした。

 

—— それが今の津市NPOサポートセンターにあたるのですか?

当時は津市市民活動センター運営委員会という名前でしたが、平成17年に解散して今は津市NPOサポートセンターという名前で再構築され、新しい組織となって活動しています。最初は事務局次長として働き始めて、翌年に事務局長が退職されたので、そのまま事務局長にスライドしました。そこで初めて税務や労務のことを覚えないといけなくなり、行政とのやりとりも始めました。食べていけないので稼がないといけないし、色々勉強させてもらいました。でも、まだ23~24歳の頃だったので、荷が重くてやっていけないと思い、翌年にフリーターになりました。急に辞めると収入がなくなるので、アルバイトとして残りながら、自分で何かできないかを模索し始めました。自分で市民活動団体を立ち上げてみたり、通信教育でデザインの勉強をしてみたりしました。これを武器に何かできないかと思ったんですが、そんな簡単に食べられないので、すぐにお金が底をつきますよね。そしてコンビニのバイトもさらに増やしました。コンビニ、市民活動センターのバイト、デザイン関係の仕事で僅かなお金をもらいながら生活をしていました。

 

—— 三つの仕事を掛け持ちでしてたんですね

そうなんです。そして、ある日市民活動センターに事務局の柱がいなくなったので、うまくまわらず、事務局長に戻ってくれとお話がありました。バイトの掛け持ちが体力的に難しくなってきたので、コンビニを辞めて市民活動センターに戻りました。でも2年か3年働いた後に今度は完全に辞めてしまいました。貯金もなかった中で、やりたいことをしようと思って決断したのですが、失業保険が終わったら完全にお金が入らなくなり、すごく焦り始めて、とにかく色んな人に仕事をくださいと連絡しました。でも、逆に仕事を貰いすぎて過労になってしまい、お尻に見たことないような腫瘍ができて、手術をする羽目になってしまいました。そこから仕事をセーブしてやっていかないといけないなと思っていたところに、また市民活動センターから声をかけてもらったのでもう一度戻ることになりました。その後、理事長と専務理事が退任されたので、スライドして理事長に上がってしまったというわけです。トップに立ちたいわけではないのですが、仕事としてやらないといけないと思ってやっています。

 

—— 今は具体的にはどういった仕事をしているんですか?

一番わかりやすいことは施設の管理をしています。行政から委託を受けている施設の管理です。今は2ヶ所で働かせてもらっていまして、ひとつがセンターパレスの3階と地下1階にある市民活動センターの管理、そしてアスト津の市民活動センターの管理をしています。それ以外だとkaidanというコミュニティスペースの管理運営、他にもデザインの仕事を請けたり、企画やイベント、講師もやるので、なんでもやっています。施設管理をしながら市民活動団体のサポートをさせてもらっています。

 

—— サポート内容はどういったことが多いんですか?

サポート内容で一番多いのは相談業務ですね。相談を聞いて、おそらくこれが必要であろうというアドバイスをさせてもらっています。それが一日の大半を占めています。本当に多種多様です。相談に来ない団体の方は自立されている方が多いので、そういった人達がどんどん増えてきて、NPOの中間支援という存在が無くなり、みなさんがそれぞれ自立して、互いに助け合える仕組みができれば良いのかなと思います。僕らの仕事はなくても良い仕事と思っているんですが、今はまだ少しだけ必要なのかなと思います。

大きく分けて仕事には3つの想いがあって、地域社会がもっと住みやすく豊かになるために、市民活動の力は必要だということ。狭い業界なので、新しい人に関わってもらう仕組みをつくり、自立できるサポートをしていくこと。最後は、行政に対して今社会にとって必要なものを伝えていくということですね。すべての事業はここに繋がっています。

 

—— 例えば、コミュニティスペースを始めようというのは川北さんが中心になり、企画を出していくんですか?

基本的にはスタッフ同士で地域や社会のために何が必要なのかということを話し合って決めます。決定をしたり、企画の根本を決めていくのは自分の仕事です。NPOや市民活動団体の重要な集まりの時に若い女性がいない、30代の女性が業界に少ないという話になって、そういった人達が社会で活躍できる仕組みを作ろうと思い、「HAMACHI」という情報誌をつくりました。この情報誌をつくる中で反響をいただいて、地域の中で助け合えるコミュニティをつくろうと思ったのですが、三重県や津市を1つのコミュニティとして考えると規模が大きすぎるし、現実的に機能させるだけの時間や労力、財力はない。そこで、色んな趣味や目的が合致するような人達が集まる小さなコミュニティをたくさんつくった方がいいんじゃないかと思いました。そのコミュニティが自主的に動くようになれば、危機的状況のときに自発的に連絡を取り合って、小さなコミュニティ同士がくっついて、ひとつの大きなコミュニティになって機能していくんじゃないかなと。その最初の拠点となるよう「kaidan」をつくりました。

市民活動センターでも良かったんですが、行政の施設は条例に従って運営をしていかないといけないので、制約が多いんですよ。火を使ってはいけない、お酒を飲んではいけないなどなど。でもお酒を飲める空間だからこそつくれるコミュニティがありますよね。

 

—— kaidanではボードゲームバーなどユニークな企画を実施されていますよね

とある相談から、ゲームを使ったまちづくりを考えていたときがあって、ゲームをキーワードに調べていたら、外国でボードゲームが流行っているという話になりました。そこで、まずは海外のゲームをいくつか実際に買ってやってみました。やってみたらめちゃくちゃおもしろい。人生ゲームと全然違う。ということでなぜ面白いのかを研究しようということにしました。そこで分かったのは、人生ゲームはサイコロを振って止まったマスに従うので、自分の力量は分岐点を選ぶくらいで、運の要素がとても強いゲームになります。将棋や囲碁は、やればやるほど強くなるけれど、初心者と経験者ではレベルの差が大きいですよね。一方で、海外のゲームはコミュニケーションを取りながら、ある程度の経験差があっても成立するゲームが多い。ここが面白いんじゃないかと思いました。これを広げていけば、地域のコミュニティは豊かになると思って始めたんです。

 

—— 利きちくわ会とかもおもしろくて興味あります

服部というスタッフが中心にやっていて、最初は「利き水会」とか「利き茶会」などもやっていたんですが、来た人にどういったことがやりたいかを聞きました。そこから参加者の意見をダイレクトに反映させていって、シュークリームや醤油とか色々やりました。利き醤油会なら、醤油だけ準備するのではなく、刺身やはんぺんなど醤油につけるものも用意する。ちくわだったらご飯や味噌汁も用意するといったことをしました。プラスアルファで企画を出してもらっているので、それが成功に繋がっているかもしれません。企画はほとんどスタッフに任せていて、基本はニーズを探りながら検討と実行を行っています。

企画を考えるスタッフに、kaidanの企画は、一人で出来るけれどなかなか腰が重くてできないもの、お金を使えば揃えられるけれどそこにお金はあまりかけたくないというもの、参加することで交流が生まれ、次のアイデアが反映されるもの、という趣旨で考えてほしいということだけは伝えています。

 

サブ

 

 

最初の頃のゲーム企画は、参加者がほとんど0人だった

 

—— 他に過去にやって印象的な事業ってありますか?

「ハッピーハロウィンパーティー」というイベントをずっとやっていて、10年前は全然人が来なかったんです。USJですらハロウィンイベントをやっていない頃だったので、ハロウィン自体が何かも分かっていないような状況でした。日曜の夜、センターパレスのまん中広場で実施しましたが、親子30組くらいしか来なくて、全員途中で帰るという感じでした(笑)。 最後に豪華商品を用意して、じゃんけん大会を予定していたんですが、誰もいないのでスタッフたちでやるっていう寂しい思い出です。商店街の方々にも協力してもらい、お菓子を用意してもらったんですが、最後に山のように余ってしまいました。すごく寒かったし(笑)

そこで、来年どうしようかという話になって、可能性を考えて3年やってダメなら諦めようと思いました。すると、2年目に70組くらいに増えて、3年目で100組くらいに増えました。もう少し続けてみようと思ってやり続けると、去年は350組くらいきて、ボランティアさんも含めると1000人くらいの規模になったんです。毎年イベントの日は手帳に書いてきてくれる人がいたりして、とても嬉しいですね。元々、イベントの狙いは子どもたちが大門商店街を歩いて、町にこういうお店があるんだと知ってもらうことなのですが、そこが上手くマッチすると、その後、お店の常連になっていただいたりすることもありました。

 

—— お客さんが増えたというのは何か方法を変えたのですか?

1回目から4回目はブース出店と、商店街を回る「トリック・オア・トリート」をメインにしていたんですが、5回目からテーマ性を設けて、その日だけのテーマパークのような空間にしようということになりました。ハロウィンに毎回ストーリーをつけていくんです。アトラクションを7つくらい用意して、来たら好きなように遊べるという遊園地みたいに。やり方を変えたら爆発的に人が増えました。チラシもブースや食べ物のことは一切書かず、「こんな悪者がやってきて、みんなで守るために7つのアトラクションを回るんだ」という書き方をしたら、チラシを見て来てくれる親子が増えてきました。詳しく説明するのではなく、子どもの心に訴えるということを考えてつくっていきました。

 

—— そういった企画を考えていくのは楽しくもあり、難しい部分ですよね

有名人やみんなが知っている人を引っ張ってくるのは、ある程度集客できることが分かるのですが、これから広めていくこと、周知されていないこと、何年もやっているけど広がっていないものをどうやってうまく見せていくかということは難しいですね。イベントの裏に違う目的があったりしても伝わらないことがあります。地域社会にとって必要なことだと思って始めてもフィットしないことは多々あって、考え直しをしないといけないし、でもやったときに直接お礼を言われると嬉しいですね。それがあるから続けられているという感じです。

 

—— 認知させていくにはどういったことが必要なんでしょうか

企画を上手に伝えていくのはすごく大変ですし、ジワジワと広げていくためには長い月日がかかるということもあると思います。コワーキングスペースをつくったのは2年前だったんですが、当時、都市部ではコワーキングスペースが全盛期でどんどんできていたので、絶対にいけると確信して始めてみたら、全然ダメだったという。今ではkaidanも様々な方に来て頂けるようになりましたが、1年目は「これはやっちゃった」「大失敗した」という想いがありました。今は毎回新しい人が来てくれるようになったので、いい感じに循環するようになりました。口コミやインターネットで検索して来る人が多くいて、今はkaidanが楽しいですね。好き勝手にしているわけではなく、頭を悩ませて、商売なのでバランスを取りながら、料金設定を考えたりしています。

 

—— kaidanも最初はそんな状況だったんですね

kaidanの企画であるボードゲームバーの前身でボードゲームナイツというのをやっていたんです。毎週木曜日の夜にやっていましたが、3ヶ月で12回くらい企画したうち、7~8回は参加者が0人でした。全然人が来ないな、これは失敗だと思って一回やめました。でも、ボードゲームについて調べなおすと、どんどん新しい情報が出てきている。やっぱりこれは可能性があるんじゃないということで「HAMACHI ゲームナイツ」という名前に変えてやってみたんです。HAMACHIに興味があった人は何人か来てくれたけれど、それでも人は集まりませんでした。そこで、お酒を飲みながらゲームができるという狙いで「ボードゲームBar!」という名前に変えたら、急に人が増え始めました。

SNSも更新していて、問い合わせにくる質問をブログやFacebookで紹介していくと、一人で来ても良い場所なんだ、こうゆうことができる場所なんだという認識が広がっていったのかなと思います。情報を随時配信していったのも良かったかもしれないですね。

 

—— かなり仕事の幅は広いですね

覚えないといけないことはたくさんあります。まちづくりだけやっていればいいわけではないので、勉強しないといけないことは多いですね。でも顔が見える関係性をつくれているのは良かったと思います。

 

—— 一般企業とは少し異なる働き方かもしれません

僕は一般企業では働いていないのですが、市民活動センターに入ってくる人の多くは、一般企業を辞めてから入ってくる人が多いと感じます。そうゆう人達から聞いた話ですが、企業はノルマや目標があって、利益を上げるためにそこから逆算して仕事を割り振っていく、逆算形式だと思います。津市市民活動センターの場合はお金も大切ですが、社会的なミッションを大切にし、今いる人達でできる最大限のパフォーマンスを発揮して目的を達成するという方法をとっています。そういった企業もあるとは思いますが、一人ひとりの労力やパフォーマンスを最大限に発揮して目的のために何ができるのか考えることがNPOなのかなと思います。

NPOで働いて、やる気を出し、ノウハウを活かして、また企業へ戻っていく人も多いですね。企業ではうまくマッチしなかった人、挫折した人が来るケースが多いので、もっとこうゆう働き方ができるんだと感じて違う企業に移っていく人は多いですね。

 

—— 働いていて大変なことって何ですか?

一番は、お金ですね。NPOですけどお金がないと生活ができないし、人を繋ぎとめられないです。ノウハウや知識を蓄積できないと、地域に還元していけません。委託事業ばかり受けていると、そちらに時間を取られてしまうので、うまくお金を稼ぐポイントが見いだせないままズルズルやってしまうこともあります。ただ、安定した資金提供はしてもらえるので、過度なチャレンジしなければ安定した生活を送ることは可能です。でも数年後に高い収入源を得られ、スタッフに給料を支払いながら、スキルや知識を地域に還元できる可能性を感じてチャレンジしている人もいます。

 

—— NPOの方たちが共通して悩まれていることなんでしょうか

お金については悩んでいると思います。NPOで稼ぐのは難しいですよね。NPOがお金をとるのかっていう社会的偏見があったりもします。NPOはお金をとっても良いんですけどね。あとは人材を確保できないという問題と高齢化の問題です。そういったことは悩んでいるのではないでしょうか。若い人がどんどん立ち上げて、ビジネスに繋げたりとやっていくべきですよね。NPO全体としてもっと稼いでもいいし、もっと給料をもらってもいいと思っています。企業の人に負けないくらい素晴らしいことをやっている人はたくさんいますので。

 

—— 最後に、これからの目標について聞かせてください

NPOとしては、人と物とお金と情報と場所をうまく支援できる仕組みをつくっていきたいと思う反面、中間支援がなくなって自立できる人が増えていくといいなと思っています。

個人としては、中間支援の仕事は13年ほどしてきたので、自分自身は新しい何かに挑戦していきたいと思っています。今は障害者関係のことに関心を持ったり、若い人達が社会とマッチングできなかったり、頑張ってるけどなかなか給料がもらえない、起業したけれど軌道に乗せられないという人達と一緒に何かできたら良いなと思っています。それで人材やお金を社会でうまく回せるように、クラウドソーシングも視野に入れて仕組みを開発できたら良いですね。

 

 

みえ市民活動ボランティアセンター(指定管理者:みえNPOネットワークセンター)
津市羽所町700 アスト津3階
059-222-5995
http://www/mienpo.net/center

津市市民活動センター(指定管理者:津市NPOサポートセンター)
津市大門7-15 津センターパレス3階
059-213-7200
http://tsunpo.jimdo.com

 

 

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