インタビュー紹介

【三重高校 硬式野球部】中村好治 監督

高等学校2014年09月11日

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39歳まで現役選手として活躍し、2002年には宮崎県の日章学園の監督として甲子園へ出場。三重中京大学の監督を経て、2013年6月より三重高校のコーチに就任。今春のセンバツ後から沖田前監督の跡を継ぎ、監督に就任しました。過去10年で三重県勢として夏の甲子園では1勝しかできていなかった中で、準優勝へ導いた指導・采配哲学をお聞きしました。

 


 

充実感があったし、楽しかったし、

準優勝に関しての悔いはありません

 

—— 準優勝おめでとうございます。

ありがとうございます。

 

—— 甲子園が終わり、率直な感想としていかがですか?

一番の感想はすごい応援だった。野球に関しては充実感があったし、楽しかったし、準優勝に関しての悔いはありません。

 

—— スタンドも2/3ほど埋め尽くしていましたよね。

そうですね。すごかったですね。

 

—— 4月から就任されたと思いますが、限られた期間の中で最初にチームで取り組んだことは?

バッティングはそれなりの力があったので、バッティングを活かすための練習や選球眼を養う練習、守備練習を取り入れました。

 

—— 今井投手からは「中村監督のおかげでピッチングが変わった」といったお話もありました。

彼の場合は体の使い方を修正したので、時間が足りるかどうか不安でした。とにかく直さないと夏の甲子園を勝ち抜くことは難しいと思っていましたので間に合ってよかったです。無駄な動きをなくす、ということが最大のテーマでしたね。

 

—— 過去に楽天で活躍する則本選手も指導されていると思いますが、共通して教えられたことなどはあるのでしょうか?

則本投手もピッチングを教える前に何が問題となっているかを考える必要がありました。それは下半身が弱いから正しいフォームで投げられないのか、もっと違ったことに問題があるのかを見つけないといけない。今井投手も則本投手と同じで体の使い方の修正点があった。しかし今井投手と則本投手の修正の方法は違いましたね。則本投手は下半身の強化、今井投手の場合は肘の使い方を修正する必要がありました。

 

—— 今井投手は連投をしても疲れなくなったということでしょうか?

無駄がないので負荷が少ないんです。そういったフォームに変えたことでボール自体も良くなった。バッターもタイミングを合わしづらくなったんだと思います。

 

—— これまでは疲れてしまうということがあったんですか?

疲れるというよりもボールの球威が落ちていくということがありましたね。

 

—— 甲子園で準優勝に導いた大きな要因とは?

試合に負けないための練習をしてきました。勝つというのはとても難しいことです。バッティングで100打数のうち30本打って3割、25本打って2割5分。実際はたった5本しか変わらないんですよね。でも25本でも3割を打つ方法はあるということです。四球を選ぶ、犠打をする、83打数まで減らすと25本でも3割を超えるわけです。そのための練習が打撃練習の時に後ろにアンパイアをつけたということです。
そこでバッティングに対する精度というか考え方が変わってくるわけです。精度の高い練習ができたということですね。

 

—— 打撃練習中に選手がアンパイア(審判)として入って練習をされたんですよね。

3ヶ所、各バッティングゲージの後ろにアンパイアをつけて、一球一球のボールの見極めなどの精度を上げていきました。

 

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例えば、その子がいるからチームが盛り上がるというのも能力です。

すべてが戦力だということが大前提です。

 

—— 現在、部員が約100人だと思いますが、コミュニケーションで心がけていることは?

毎日全員と会話します。それは野球のこともそうですし、学校のこと、彼女のこと。その子の顔色を見て、その日の会話の内容も変えます。

 

—— 監督自ら練習にも参加されているんですよね。

毎日200~300球投げます。ランニングも一緒にしています。

 

—— マッサージも?

マッサージはもう行列ができますね。選手から「監督、やってもらえますか?」と言ってきます。

 

—— 選手から積極的に監督に話や質問をしやすいという雰囲気は心がけているんですか?

それが一番大事ですね。こちらから近寄っても部員は線を引いてしまいます。そういったことがあると本気でいろんな話ができない。
今はそういったことができるようになっている。レギュラーに限らずみんな、同じように野球に関する質問も聞いてきます。

 

—— プライベートな悩みも?

そういったことから野球の話に入っていくことも多くありますので。

 

—— 授業を見に行ったりもされているんですよね?

いつもです。朝は2限目、昼からは5限目。たまにパターンを変えたりしますけどね。グラウンドではみんなきちんとするんですが、教室の中のことも知っておかないといけません。グラウンドの外では挨拶ひとつにしても変わる子もいますので。そういったことは野球にも影響が出てきます。調子の良いときはいいが、悪いときはダメといった裏表が。逆に担任の先生もグラウンドに来てくれます。それが子どもたちにとっても「教室以外のところも見てくれている」となり、学校生活も良くなりますよね。

 

—— そういった指導は三重高校の特徴でもありますよね。野球だけじゃなく、学校生活も大切にしている。

そうですね。成績が悪かったら練習もさせていません。だから勉強も頑張ります。勉強に関しても野球と一緒で指導したりしています。

 

—— 当初から「全員を使って勝つ」ということを仰っていましたが、そういった信念は?

18人が甲子園に登録されますが、技術的には良くても入っていない子もいる。就任当初から「大きな特徴があればメンバーに入れる」と言っていました。例えば、その子がいるからチームが盛り上がるというのも能力です。野球の技術だけではないんです。自分しか代わりがいないということであればメンバーに入れると話していました。すべてが戦力だということが大前提です。10打数3安打の子よりも10打数1安打の子を使いたいというのは普段の練習からなんですよね。それをおろそかにしている子は打撃の内容が良くても使わない、ということです。

 

—— 監督も高校球児だったと思いますが、高校生としての甲子園と監督としての甲子園という意識で変化はありますか?

生徒はそうだと思いますが、甲子園というのは私にとっては大前提ではないです。高校生は大学を含めて7年だと思っています。甲子園は4月に入部して、最後の夏まで、実際のところたった2年4ヶ月です。そこにとらわれるとちょっとうまくいかないとすぐに変えないといけない。それは本当の意味で身につかない。卒業して3年先、4年先に大学に行ってから花開く子もいるわけです。それは今から準備をして、その子を見てあげないといけない。その過程の中に甲子園があればいいし、その方が子どもたちも成長すると思っています。そういったことを理解してもらい、練習の内容も含めて押し通しました。甲子園にとらわれすぎると良い生徒は育たない。長い目で目標を立てて、コツコツとひとつずつ問題点などに取り組んでいくということですね。

 

—— 10月の国体に向けての目標というのは?

今回は優勝を目指してやっていかないといけないと思っています。

 

—— 今は松阪に住んでいらっしゃるんですか?

はい、そうですね。

 

—— 三重県の印象はどうですか?

住みやすいですね。宮崎にも住んでいましたが、風土など同じ雰囲気があります。三重はおとなしいと思われがちなんですが、応援を見た知り合いから「三重のエネルギーはあんなにすごかったのか」とたくさん言われました。「三重のイメージが変わった」と。それくらいあの応援はインパクトがあったんだと思いますよね。

 

 

三重高等学校
三重県松阪市久保町1232

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